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MH.net北大法科大学院紹介

建設日:2004/09/16
更新日:2004/09/16

日弁連法務研究財団主催シンポジウム(2004年9月11日@東京,「法科大学院の教員の教え方に関するシンポジウム〜開校半年・現場からの報告と課題〜」)にて配布された報告書です。当日は250名程度の法科大学院教員らが集まったそうです。

 法科大学院生から見た法科大学院教育

北海道大学法科大学院
2年課程(既習者コース)
望月宣武(もちづきひろむ)

0.緒言

法科大学院教育の現場にいる学生の視点から,現状を報告させていただきます。しかし,あくまでもひとつの法科大学院における,ひとりの学生の個人的な感想という普遍性のない話ですのでご了承ください。

1.発表者プロフィール

1978年,東京生まれ。1997年,静岡県立清水東高等学校卒業。2003年,東京大学法学部卒業。2004年,北海道大学法科大学院2年課程(既習者コース)入学。大学在学中は障害者福祉のNGO活動に専心していました。現行司法試験の勉強は少々かじったことがある程度です。

2.北海道大学法科大学院の概要

総定員250名(1学年100名)。募集定員は既習者コース50名,未習者コース50名。本年度入学者は既習者コース46名,未習者コース57名。最低年齢22歳,最高年齢54歳,平均年齢約28歳。私の在籍する既習者コースでは,最低年齢22歳,最高年齢39歳,女性10名,弁理士1名,司法書士2名,会計士補1名となっています。
北大の特徴のひとつは良好な学習環境です。24時間利用可能な各自習室に7〜18名の定員で割り振られ,全学生に個人デスクとキャビネット,本棚,大型のロッカーが与えられます。

3.北大法科大学院生の生活

私が本稿を執筆しているのは8月31日ですので,9月1日から始まる前期期末試験前の時点での報告とさせてください。
大半の学生にとって,前期の4ヵ月間は日々の課題をこなすだけで精一杯の毎日でした。日々の授業の復習にまで手が回っていた学生は多くはないと思います。
平均的な学生で週に9コマを履修していますが(履修登録は年間18コマまでという上限が設けられています),そのうち6コマが『事例問題研究』という判例や想定事例を素材にした相当量の予習が要求される科目です。毎回提出物が課される科目もあるので,それだけで一週間の大半の時間を割くことになります。中間時点(5月末〜6月初旬)でアンケートをとり,課題の量を減らした科目もあります。
事例研究の他は,学部学生と一緒の講義形式の科目を週に2〜4コマ履修しますが,一部の例外的な学生はそれ以外にゼミをとったり,自主ゼミを開いたり,現行司法試験受験を受けたりしていました。

a.ゼミ

前期に開講されたゼミは経済法(独禁法)と知的財産法がありますが,この他にも司法制度論,現代法理論等のいくつかの科目ではゼミ形式が採られていたようです。多くは修士課程・博士課程との合同です。既習者コース46名中,知的財産法ゼミの履修者は5名ですが,経済法ゼミ,司法制度論,現代法理論,国際法特論は各1名のみです。知的財産法ゼミは4月に履修者選抜試験がありました。ゼミは論文執筆や発表の負担が大きい(また5限に開講されるゼミは長時間になる)ということで敬遠されているようです。

b.自主ゼミ

一部の合議が好きな学生が集まって,3〜8名規模の自主ゼミを開きました。本年4月から多数の研究者や実務家がケースブックを出版なさったので,それらを教材にしています(例えば,弘文堂ケースブックシリーズ)。行政法,憲法,知的財産法,民事執行法・保全法などが開かれていたようです。
他方で,現行司法試験対策の予備校製作問題を解くための自主ゼミを開いている学生たちもいます。現行司法試験対策的な勉強が好きで,かつ勉強時間に余裕のある,優秀な学生たちの集まりです。

c.現行司法試験

本年実施された現行司法試験受験者は択一式10名,論文式8名(既習者コース46名中)。7月に入った頃から,だんだん授業で見かけなくなりました。

自習室は24時間利用可能なため,寝袋を持ち込んで自習室に泊まっている者もいますが,多くの者は大学の近くに住んでいるので,午前2時くらいまでには帰宅しています。朝は7時頃に来ている者もいますが,既習者コースの授業は2限に多いので10時頃に来るのが普通です。
夏休みに入っても,毎日朝早くから夜遅くまで自習室の明かりが点いています。9月に期末試験を実施するというのは実に巧妙です。前期授業の溜まった復習と試験勉強のみで8月は終わり,ゆっくり休むのは前期期末試験終了後(9月11日以降)ということになりましょう。

4.発表者の一週間の生活(2004年度前期)

  8:45〜10:15 10:30〜12:00 13:00〜14:30 14:45〜16:15 16:30〜19:30 20:00〜22:00
  公法事例T 行政法講義   経済法ゼミA 経済法ゼミB
    経済法講義 民事事例T    
  刑事事例T 国際法特論 商事事例T    
経済法講義   行政法自主ゼミ    
法情報学 民事事例U   刑事事例U    
    経済法研究会(研究者ゼミ) 憲法自主ゼミ  
           

サンプルとして,上に私の時間割を掲載しました(科目名はわかりやすいように変更しています)。最も少ない者で週に6コマ(事例研究のみ),平均的な者で8〜10コマですが,私は恐らく院内最多です。履修登録制限があるので,履修登録しないで潜っている科目もあります(履修登録している科目には下線を付しました)。自主ゼミも含めてゼミが週に5コマあるため予習量が膨大になり,計算すると2日に一度は自習室に宿泊したことになります。

5.課題と授業方法

北大では,前期の既習者コースの必修科目に実務家教員の授業はありませんでした。後期には刑事事例研究Vで弁護士教員が登壇なさいますが,他の実務家教員は全て来年度以降です。むしろ来年の司法試験科目では,実務家教員による授業ばかりになりそうです。このような棲み分けが基本的にされており,研究者教員と実務家教員がひとつの授業を一緒に担当したりはしません。
事例研究以外の科目の多くは,学部との合同講義か,修士課程・博士課程との合同ゼミです。ただし学部との合同講義では,学部生には課されないレポート課題があります(例えば経済法では4,000〜8,000字レポートが4問)。
以下,各事例研究科目の課題の量や授業方法を報告いたします。

公法事例研究T(憲法)(2〜5時間)※括弧内は私の1回あたりの予習時間。以下同じ。
予習:毎回判例(下級審からの場合もありますが,たいていは最判の部分抜粋)を3つほど読んだ上で,教員の用意した応用問題の検討(提出不要)。判旨は長いもので10ページ以上のものもありますが,「判例百選参照」と指示される場合もあります。
授業:予習した判例を素材。教授が判例に関するいくつかの確認質問を指名して学生の知識を確認した後,応用問題を検討します。指名して学生の意見を聞きますが,基本的には教員の用意したレジュメに沿った筋で進みました。学期全体を通して,憲法訴訟や救済という面からスポットを当てた構成で興味深いものでした。
課題:授業で扱えなかった応用問題についての2,000字レポート課題が学期中に2回。現行司法試験よりも難しいレベルに感じました。

民事事例研究T(総則,物権,債権総論)(5〜10時間)
予習:配布資料(学期総計300枚程度)を読んだ上で,教授がオリジナルに作成した問題の答案(3,000〜5,000字の完成答案)を提出。問題のレベルは現行司法試験より難しいときもありました。残念ながら,提出した計18問のうち添削されて返却されたのは数問のみです。
授業:提出した予習問題を素材。教授の指名により回答しながら討議。学生や教授の参考答案を適宜配布。論点は古典的ですが,通説の弱点を突いてきます。問題が難しくて(論点も多い)授業時間内に終わらないことも多々ありましたが,授業終了後も毎回1時間ぐらいはお付き合いいただきました。学生との対話を重視していた授業でした。
課題:毎回の予習が大変なので,別途の課題はありませんでした。

民事事例研究U(担保物権,債権各論)(2〜5時間,提出時は5〜10時間以上)
予習:配布資料(学期総計200枚程度)を読んだ上で,計15回のうち,講義形式の11回は2〜5問の小設問を検討(提出不要)。討論形式の4回は前週までに答案を提出(3回はA4紙1〜2枚,1回は枚数制限なし)。添削は7段階の評価と詳細なコメントが付され,学生にとても好評でした。
授業:講義形式の回では,前半に教授が講義し,後半は課題の小設問を素材に討論しました。サブリース契約,任意後見契約,貸金業の利息規制,担保法改正等,現代的な話題が多かったです。
討論形式の回では,提出した答案を素材に90分間の討論。賃料債権への物上代位,下請人の転用物訴権等,オーソドックスな話題でした。最終回は日弁連作成問題案(民事系/民法・民事訴訟法融合問題)を素材に討論。
課題:別途の課題はありませんでした。

商事事例研究T(会社法)(1〜2時間,発表時のみ準備に10時間以上)
予習:指定された予習は特になし。
授業:判例百選掲載の判例を素材にし,学生2名が判例について質問し,2名が回答する(学期中に全員が1回ずつ)という形式。発表者4名以外の学生はあまり積極的に参加していませんでした。
たまに教授によるレポート課題の解説や教授作成レジュメによる講義がありました。会社法全般を広く薄くやるのではなく,会社の計算等の学生の弱い分野を中心に講義してくださいました。
課題:現行司法試験想定問題の2,000字レポート課題が3回。

刑事事例研究T(刑法総論)(1〜2時間,発表時のみ準備に10時間以上)
予習:毎回教員の出した問題(最近の下級審判例等を素材)の答案構成(A4紙1枚)を提出。
授業:予習問題について5〜6人ずつのグループ発表(学期中に全員が2回ずつ)。20分程度で発表した後,教授の司会による討論。最近の具体的事件を素材にしているため,いろいろな論点が含まれています。これは,教科書で個別にしか学んだことのない論点が,具体的にどのように絡み合うのかが解り,非常に有意義でした。しかし,発表者の意図したメイン論点と,授業で大きく時間を割いて討論する論点がずれるときがあり,発表者側には戸惑いもあったようです。また討論が盛り上がりすぎて,授業時間内に終わらないことが多かったです。
また授業時間外に,インターネット上の電子掲示板(BBS)を利用した討論も試みられました。他の科目にはない先駆的アイデアでしたが,40人以上が参加するとスレッド式でもツリー式でも議論が整理しきれず,議論にまとまりがなくなってしまうという難点がありました。
課題:2,000字レポート課題2回(最近の判例を素材)。

刑事事例研究U(刑法各論)(1〜2時間)
予習:3〜5本の関連判例(数百字の要旨)を読んだ上で,教員の用意した簡単な事例問題の回答を用意(提出不要)。
授業:いろいろな論点について教授が矢継ぎ早に学生を指名して回答。「わいせつ罪と侮辱罪の接点」など,通説的ではない発想(頭の体操的なもの)を知ることができました。
また,複雑な(奇抜な)事例問題について,学生を司会者に立てて30分程度自由に討議させるという形態も数回取り入れました。授業時間内に小テストが2回(1回は抜き打ち,1回は前週に予告)。
課題:現行司法試験の典型論点について(「クレジットカード詐欺について」など)の2,000字レポート課題が2回。

事例研究では多かれ少なかれ,「討論」という要素が含まれています。これが法科大学院教育と学部教育の最大の違いだと思います。ただ,一言で「討論」と言っても様々なタイプがあります。上記の6科目を2つの視点から分析したいと思います。

a.発表者を立てるか,司会を立てるか

討論をするにあたって,学生側から予め決められた発表者と司会を立てるのか否かという方法の違いがあります。分類すると,@教員司会+自由討論型,A教員司会+発表者型,B学生司会+自由討論型,C学生司会+発表者型,となります。
上記6科目で言えば,@類型が公法T・民事T・民事U,A類型が刑事T,B刑事U,C類型が商事T,です。
教員司会だと,教員の中に議論のストーリーがある場合に議論を引っ張りやすいという利点があります。他方,学生司会だと議論が盛り上がりやすいという利点があります。
自由討論型は学生全員が均等の負担なので,学生は楽です。しかし,議論に参加する学生は限られます。印象としては46人で討論すると,常時発言するのが10名程度,たまに発言するのが15名程度,殆ど発言しないのが残り20名程度になります。その点,発表者型は発表者の負担はとても大きくなりますが,発言する機会は均等になりやすいと思います。

b.教員のレジュメを配布するか

議論をするにあたって,教員がレジュメを用意するかどうかも議論の行方を左右すると思います。大まかに分類すると,@教員がレジュメを用意する,A小設問を設定して誘導する,B全く自由に討論させる,となります。上記6科目で言えば,@類型が公法T・民事T,A類型が民事U,B類型が商事T・刑事T・刑事U,です。
もちろん,@類型のほうが議論は教員の用意したストーリーに乗りますし,授業時間内で決められた範囲がこなしやすいと思います。ただ,何かしらの工夫がないと,結論の見えたつまらない議論になってしまいます。
逆にB類型では議論の方向がどうなるか全く読めません。この類型の科目ではこの点を克服するために,刑事Tでは教員が司会者に立ってリードしたり,商事Tでは司会者は学生でも教員が議論に参加して意見を言って引っ張ったり,刑事Uでは討論時間を制限時間で切ったり,という方法を採り入れていました。議論の時間を短めに制限すると緊張感が生まれます。
A類型は中間形態です。この方法の民事Uはうまく議論が進んでいたように思います。

以上のような分析をしてみましたが,どれがベストというものではないと思います。上記二つの視点の組み合わせ,議論の素材(判例によるか,想定事例によるか,論点によるか),議論の時間(90分,60分,30分,10分など)などによって変わると思います。

6.所感

課題の量や頻度は科目によるばらつきがあり,当初は教員間の横の連絡があまりなかったため,課題が集中する週と暇な週が不規則に訪れました。しかし,実際は全ての科目で横の連絡をとるのは不可能です。そのため,後半は多くの科目でレポートの提出期限を2週間程度と長くとっていただくことにより,個々の学生が自分で調整できるようになりました。あまりに多くの課題が集中して許容量を超えてしまうのは問題ですが,このようなタスクマネジメントの訓練も実は重要なのだと思います。
振り返れば,忙しい4ヵ月でした。授業の内容が新司法試験対策になるかどうか,多くの学生が疑心暗鬼になっていましたが,予備校に通う時間はないので諦めていたのが現状だと思います。
なお,私自身の法科大学院での日々の生活と雑感を,私のサイトで公開しております。興味がございましたら,http://www.devoting.net/mh/までお越しください。お待ち申し上げております。

以上

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